「いやー助かったよ。負けにならずに済んだわ」
鮫嶋はコーヒーにミルクを入れて掻き混ぜる。
「負けたりしたら無敗同士の頂上対決にならないじゃないですか、こうやってコーヒー一杯を頂くのもあつかましい気がします」
そう言いながらも温子は嬉しそうにミルクをたっぷり入れたコーヒーを口に含む。
(安上がりなヤツで助かった)
鮫嶋は基本的にケチなので心底ほっとしていた。
(コーヒー一杯で喜んでもらえるならいつでも! でも代価として今日の試合みたいに助けてねん)
そう思いながら鮫嶋は一気にコーヒーを口に流し込んだ。
「で、次の試合を決めてきましたわ」
温子が選手用のパスカードをポーチから出した。何故か鮫嶋の分もある。
「二人一組の試合です。いっしょに出ましょうね、明日」
鮫嶋はコーヒーを噴き出しそうになったがデロデロとティーカップへ戻した。
「どうしました?」
「いや、何でアンタと組むのさ」
「他に知人がいないもので、それにライバル同士のタッグもいいモノですよ」
「あのー、そろそろ話してくれない?」
「え?」
「いや、何でライバルなのさ」
「えーっ!」
今更何を言っているのかというふうに温子は驚いた。
「幼稚園の!」
「幼稚園?」
「えー、覚えてないんですか?」
一気に攻め立てられ、鮫嶋は腕を組む。
「昔の事だなぁ……」
「時間は関係ありません! ほらほら、幼稚園時代の」
「知らん!」
鮫嶋は怒鳴って机をドンと叩いた。二人のコーヒーカップからコーヒーが少しこぼれた。
「あんな、このキズあるっしょ?」
鮫嶋は右目に縦に入った傷跡を指差す。
「そう、まさしくその傷!」
温子が言いかけると鮫嶋はそれを制止するように大きな声を出した。
「この傷が何で出来たのかは知らない。ただこれが出来た時、しばらく入院して。
退院した時には……それ以前の記憶が全然無かったんだ」
温子は目を大きく開いてショックを露にした。
「まさしくその傷って言ったよな?」
「はい……実はそれは」
「ストップ。俺は思い出すまで誰の力もかりねぇ。ってか思い出さない」
「え?」
「後遺症で……まあよくある話だけど覚醒みたいなのしちまったから」
「覚醒? 超能力でも使えるんですか?」
「そりゃ言いすぎだ。頭の回転が速くなったんだ。だからトラップの多いD地区へ来て金稼ごうと思ってね……でさ、記憶を思い出すと同時に頭の回転が元に戻っちまわないか心配でさ、自然に思い出すまで待ってる」
「そう……ですか真実を知った上でかと思ったのですが、本当の事を言うと鮫嶋さんは私を攻めるかもしれません」
それ以上、温子はもう話の先を続けようとしなかった。
「元々、親もいないしな。施設で育ったし」
「ええ、それは知っています。不幸な身の上だという事を」
ドン!
鮫嶋がひじを机について温子を指さした。
「おい、それは撤回しろ。施設育ちは不幸か? 俺は死ぬほど楽しかったぞ?」
「す、すみません」
温子が少し押されている。鮫嶋は続けた。
「まあ、後は俺が金がいるっていったらわかるよな?」
「そのお世話になった施設がつぶれそうだからお金をって事ですか?」
「うーん、つぶれそうでは無い。やりくり上手だからな、施設の管理人達は」
「ああ、なるほど。では皆さんにより良い生活を送ってもらえるように寄付するんですね」
「違う!」
「え? 違いますか?」
「施設の教師がな、俺が将来大金を稼ぐって言ったら馬鹿には無理と言いやがったんだ!」
「え?」
「だから、目の前に札束をドンと置いて何も言えねえようにしてやるんだ!」
冗談では無いようで、鮫嶋は心底怒った顔をしている。
「そうですか……では明日の試合に勝てば二勝分もらえるんで、ラッキーですよ!」
「おお、そういう事ならタッグ組もうぜ! で、今回はどんなトラップだ?」
「ノントラップ。いわゆるガチ試合です」
「ふーん(温子に全部任せたら済みそうだな)」
そう考えながら鮫嶋は背伸びをした。
「で、相手の二人の情報は有りません。新人潰しと呼ばれている事だけわかりましたが……
その相手に勝ったタッグチームはいないそうです。
二勝貰えるというのはいわゆる餌ですね。ですから新人賞を取りそうなルーキーは潰され、
賞金は形だけというふうになっています。わりと汚いですよね」
「逆に燃えろよ」
「燃えた事……無いですね。数々の格闘技をして来ましたがすぐに私に勝てる相手がいなくなっちゃって、
それから他の格闘技へ移るんですがそこでも同じように」
そう言いながら温子は溜息をついた。
「へー、じゃあ試合では任せたわ」
「ええ、強さでは……」
「ん?」
「裏で工作もして来るという事です。実際そのせいで試合に出れなかった人もいますし」
「じゃあ俺のアパートに来て泊まれよ。
「え? でもじいやが迎えに来る予定なので……お父様にも連絡しないと」
「へいへい、アンタ見てたらお嬢様って匂いがプンプンすらぁ」
「あの、お父様が許可して下さったら泊まりに行っても良いですか?」
温子のキラキラと輝く目に、鮫嶋はたじろいで思わず頷いた。