小百合が地下女子ボクシング養成所学校を出てプロになり一番最初の試合だ。

さすがの小百合も、生徒の時にイスで座って見た時と

実際にリングに上がってスポットライトを浴びるのとでの違いがはっきりとわかり

緊張から足が軽く震えている。これほど人の視線を感じながら試合をするのも始めてだ。

相手は菊池礼(きくち れい)という男のような名前の選手で、こなれているのだろう、軽くステップを踏みながら

体をほぐしている。

小百合は礼を知っている。

養成所学校時代、最初に洗礼と称して美由紀や小百合、他の新入生をリンチ状態にした先輩の一人だ。

トラウマまでは行かないが、あの時と同じ。自分は新人で相手は有る程度ベテラン。

少し厭な気がした。

 

ルーキー格下の小百合は勿論、青コーナーで青いグローブにシューズ、股に切れ込みの入り性器の形が

判別出来る程に薄い生地のスパッツを履いている。口からのぞく純白のマウスピースは

ルーキーさながらフレッシュに見える。

 

ゴングが鳴るまでの数秒で小百合の緊張はヒートアップし、暴走しそうになったが

後ろからセコンドが軽く右肩に手を乗せてきた。

急速に冷静さが戻る。今日の晴れ舞台、わざわざセコンドを名乗り出てくれた美由紀。

「卒業試合で負けたいまだ養成学校の人間の分際で」と陰口を聞こえるように

まわりの選手から言われる中、ロッカーでマッサージをしてくれ、励ましてくれた。

「アンタのファン一号なんだからさ」とマイペースに笑っていてくれた。

「じゃあ心機一転、今日は三つ編みをとこうかな、美由紀、手伝って」

おさげをとく、それは美由紀も始めて見るのでワクワクしながらとくと別人になった。

サラサラを髪を揺らしている小百合を見て

「うわっ、カワイイな〜」

と言いながら美由紀は小百合の頭を撫でた。

 

そして心機一転をしたデビュー戦おnゴングが鳴った。

 

(まずはあの礼の顔にパンチを叩き込んでやる!)

ニタニタと笑う礼に突撃をしようとする。

 

「先輩を殴れるのかっ!?」

突然礼が叫び、小百合は何故か礼の目前で止まってしまった。

(バーカ、もう心理戦に入ってるんだよ)

礼はそのスキにフックを打つ。

顎から頬までグシャッとクリーンヒットをし、小百合の頬の肉が寄せられ目が閉じてしまうまでめり込み

歪んだ顔をさらした。

小百合は体を回転させながら唾液をひしゃくで水をまくように唾液を吐いて仰向けに倒れた。

 

そこで間髪入れず、「可愛さ」で人気のある礼は右腕を挙げる。

大勢の拍手が巻き起こり、急いで立ち上がろうとする小百合は仰向けに転がり立ち上がろうとする時に

その姿を見て萎縮してしまった。

大勢に拍手を送られ、さわやかに右腕をあげてリング上で映えている。

 

小百合は思い出した。

試合が決まった日から匿名掲示板で散々叩かれたのだ。

「礼ちゃんの勝ちだろ? 誰? SAYURIって」

「SAYURI? 知らん。サンドバッグ役で終わりでしょ」

 

誰が書いているのかわからない。どうせ知らない人だろうが間違いなくこの観客席にいるのは間違いない。

その人たちは当然、今、礼に拍手をしているだろう。

そして立ち上がろうとする自分に悪意を向けるだろう。

小百合が呆然としていると青コーナーからばしん!と音がした。

「コラー小百合! 立てっ!」

美由紀がリングの上を叩いている。

(そ、そうか、このまま負けちゃ……)

焦って立ち上がる小百合。

だがすぐに自分の吐いた唾液で滑って転んだ。

 

「フフフッ」

礼が笑う。あざ笑う。

それから決定打はお互いに出なかった。

小百合は基本に忠実な動きでガードをし、積極的に攻撃をしなかったのでこの結果となる。

 

 

「あほー、積極的に出ないと!」

美由紀に怒られ、小百合は少ししょげる。

 

だが2ラウンドもさっぱりしなかった。

小百合は焦り、空振りのパンチを繰り返し無駄に体力を消耗する。

 

ガシュッ!

 

鋭く礼のフックが小百合の頬の骨を砕くように当たり、そのまま振りぬく形になった。

小百合はそのショックから少し体をガクガクと揺らした後。

「ペぇっ!」

とマウスピースを吐き出した。

いつも唾液にまみれてベチャベチャと跳ねるマウスピースだが、小百合の緊張から唾液の量は

減っており、生乾きのマウスピースがコトンと硬い音をして跳ねた。

 

「学校にいた時と同じだ、あんたが一番こうやって乾いたマウスピースを吐き出したんだよね」

礼が笑いながら言う中、ガックリと小百合はその場にへたり込む。

「こういう生乾きが一番臭いワケ。ねえ、覚えてる?」

小百合は覚えていた。

マウスピースの数で成績が決まり進級し卒業まで行くシステム。

新入生狩りでマウスピースを取られた時、忘れもしない、礼は言った。

「あんたのなんか臭いから洗ってきてよ」

 

小百合は下唇を噛みながら洗った。自分の痕跡、唾液が流されていくたびに

(これはもう私のものではないんだ)と悲しい気持ちになった。

 

ハッと気が付くとレフリーのカウントが進んでいたので小百合は急いでマウスピースをくわえて立ち上がる。

頭が少しクラッとするがまだ大丈夫だ。

(私のペースに飲み込んだ、こいつは私の犬になりそうだね。もう一押しするか)

礼はニヤリと笑いながらそう考えた。

 

「負けるのはイヤだろうけどさ、この人気の差? 私があんたに殴られたらファンが怒って炎上しちゃうし

 最初は負けて当たり前。アタシが引っ張って行ってやるから今回はあきらめな?」

あえて礼は優しい言葉をかけて小百合を揺さぶる。

「うう……」

小百合は困惑している。

「ね? ファンを作ってから本格的デビューの開始なんだから、今回も優しくスタンダードに倒して

あげるからさ」

 

そこで小百合はキッと何かを決断した顔をした。

「ファンは……一人いるんです」

「は?」

 

 

ぐっしゃぁぁ!

 

礼の幼さの残る人気のあるルックス目掛けて真正面にストレートがぶち込まれる。

「げほぉっ!」

礼は鼻血を出してフラフラッと後退する。

 

「あなたは他人の力をいいように使って進級して卒業した中身の無いアイドルボクサーなんですよ」

「なっ!?」

礼もさすがにその言葉に自尊心が傷付けられたらしく乱暴に小百合に殴りかかる。

バキィッ!

小百合はそれを食らう、マウスピースが口からはみ出て、よろっと後ろによろけたが

踏ん張って耐え、フックを打つ。

 

ぐしゃっ

ぐしゃっ

ぐしゃっ!

ぐしゃっ!!

 

二人は一ラウンドからは考えら得ない程に殴りあう。

後15秒という頃、二つの血の滲んだマウスピースが交差しながら二人の足元でトントンと跳ねる。

「アイドルという地位だってどれ位苦労したのかわかるのかよっ!」

礼が小百合のパンチを避けて吼え、力いっぱいのストレートを打ってきた。

グシャッと小百合の脳に音が響き、自分の顔が熟れた柿が地面に落ちたように粉砕されたような感触がした。

「ぶうっ!」

小百合はのけぞり天井に向かって血を吹き上げた。

自分ではまだ立てそうだったが、一ラウンドの最初の油断した時に食らった一撃が相当効いているらしく

腰から落ちる。

「かはっ、かはっ!」

口の鉄臭さの不快さに小百合はマットの上に血をぽたぽたと吐き出した。

「二度とアイドルの私を馬鹿にするなっ!」

ダウン状態の小百合の顎を蹴り上げた。

「うぶっ!」

小百合は再度、血を吹き上げて完全に仰向けで大の字に倒れた。

 

「反則! 減点2!」

観客席がざわざわとなる。グラビアアイドルがカメラマンにツバを吐くような行為を見た気分になったようだ。

(まずい)

 

「これからアイドル兼、ヒールも目指しま〜す」

必死にアピールをすると「おぉー」と声があがる。

観客を誤魔化すのには成功したようだ。

 

小百合はググッと歯を食いしばりながら体を起こす。

「相変わらず汚いですね……」

 

そして精一杯の力を込めて立ち上がった。一息ついたが予想外な事が起こった。

 

小百合へのブーイング。礼を堪能出来たら良い、小百合はただの悪役、やられ役なのだ。

人気のない選手はヒールに転向するか試合をなかなか組んでもらえないかのどちらだ。

チケットが売れなければ「商品価値は無い」という事を事前に小百合は知っていた。

そこで二ラウンドの終了を告げるゴングが鳴った。

 

「小百合っ、このまま耐えて打ち返しながらポイント勝ちを狙うのもアリだよ!」

美由紀が声をかけるが、小百合はすぐれない顔をしている。

「やらない方は楽でいいよ、美由紀まだ生徒の身分だから……楽でうらやましいよ」

その一言で美由紀の顔が怒ったように変わった。

「でも強さを求めるんじゃないの? アイドルをボコボコにして観客を黙らせてやればいいんだよ!」

「ハハ、ファンは美由紀一人。あとは観客全員敵なんだよ? この気持ちがわかる?」

「ファンの数で強くなれるワケ?」

「ファンがいないと人気が無い、つまりチケットが売れない選手は試合を組んでくれないんだよ」

「じゃああんたもアイドルみたいになりたいワケ?」

「いっそ、その方が楽だよ……」

美由紀は口をへの字に曲げて黙っていたが、

「馬鹿っ!」と叫ぶとマウスピースを適当に洗って小百合の口にねじ込み、会場を飛び出て行った。

「あ……美由紀、ごめん……」

 

声は届かなかった。

 

三ラウンドは悲惨だった。

 

小百合は一方的に殴られる。礼に付いて行くのも良いかもしれない。そう考えながら殴られる。

血が飛び散り、顔が腫れて「徹底的にやられる悪役」そのものだ。

礼は機嫌よく返り血を浴びながら小百合を料理する。

(これでこいつは詰んだっ!)

礼はうっぷんを晴らすように思い切りフックを打った。

グシャァァァァァッ!

「うぐぅぅぅっ!」と小百合は低い声を出して唸った。

そして血を大量に吐き出して、しばらく立っていたが、口から血みどろのマウスピースが落ちてビチャンと

跳ねた時、喝采が起こり小百合は立っている意味を感じなくなり、力無く倒れた。

仰向けに転がり「ゴホッ」と咳をすると血が少し吹き上がり自分の顔にポタポタと垂れた。

「とどめにヒール記念に一発いっちゃいます〜♪」

礼の言葉で会場は拍手喝采。

 

どぼぉっ!

 

小百合の体がメキメキと少しマットに沈んだ。倒れている上からボディを思い切り打たれたからだ。

「うぐぅ!」

口を閉じたまま小百合は唸り、口を膨らました後に血をビシャッと吐き出した。

それは透明な胃液に希釈されているようだった。

小百合は苦悶の表情に転がって苦しさを表す。もう自律神経のみが体を動かし、自然と失禁を始めた。

「あっ、あっ!」

小百合の汗が冷えていくのがよくわかった。

失禁KO負けの最悪のデビュー戦。

薄い生地が尿を吸い取って小百合の性器を丸見えにしている。

ヘアから筋の形まで丸見えだ。

3ラウンドが終わりそうだが美由紀も返って来ない……このまま試合は終わる……

 

「小百合〜、小百合〜」

とぼけた美由紀の声が聞こえる。

苦しさに仰向けに寝ていた小百合は顔だけ青コーナーに向けた。

 

「ひー、三分以内に学校往復はツライ……。で、ほら、あんたのファン連れてきた」

 

美佐子、零、デンコが腕を組んで並んでいた。

会場がどよめく。

その時はプロもアマチュアも同じようにファンの付く時代に変わりつつあった時代で

 

体が小さくも健気に戦うデンコ

可愛いルックスに変な語尾に八重歯、一度見たら忘れられない必殺技を持つ美佐子。

片目の光を失いながらもトリッキーな戦術で戦う零。

 

アマチュアで人気の三人に美由紀が揃う。

 

「はっはーん、あたすの人気に比べたらやっぱり小百合ちんなんて屁ですわ」

美佐子が大口を叩く。だが

 

「おい、あれ美由紀じゃないか?」

という声がザワザワと広がる。

「おい、じゃあ……SAYURIって書いてあるのって、兵頭小百合か?」

ザワザワと波紋が広がる。

小百合が立ち上がった。口から血と唾液をダラダラ垂らしながら。

それは、人気やファンでは無く、戦友が集結してくれた事から生まれた勇気。

 

三ラウンドが終わった。

 

観客全員、皆に見える電光掲示板の文字が「SAYURI」から「兵頭小百合」に変わった。

そして美佐子が小百合の髪をおさげに戻そうとしている。

「チッ、観客は美由紀と小百合って知らなかっただけじゃねーかっ! かませ犬だすよ私達は」

美佐子がブツクサ言いながらも丁寧に三つ編みを作り上げていく。

「まあまあ、いいじゃない。ね?」

零は小百合にうがいをさせる。

「そうそう、アピールする場が出来ただけでいいのだ」

デンコが小百合の足を揉む。

 

そして三つ編みが仕上がると会場がヒートアップした。

「小百合と美由紀だ!」

 

うろたえるのは礼だった。何故地味に戦う小百合達が騒がれるのだ、アイドルとしての私はどうなのだと。

 

「ほら、最後にこれだ」

綺麗に洗われた綺麗な純白のマウスピースを美由紀が差し出す。

「人気がある無いは問題じゃないかもしれない。でも重要な要素ではあるよな? 純粋な戦いをしてきた私達

をちゃんと皆見てるんだ。試合を見て燃えてくれる人もたくさんいる。わかったね?」

 

「わかった」

元気には言えなかったが小百合の気持ちには火がついた。

 

4ラウンドが始まり、小百合への声援が次々にあがる。

声援は半々だ。小百合ファンと礼ファンが声援で衝突しあっている。

 

「燃えるなら今だすな、相手をファンごと粉砕してやるだすよ!」

美佐子が腕を組んで言う。

「かませ犬だすけどなっ!」

最後に毒を吐いたが、トントンを背中を美由紀に叩かれて美佐子が振り返る。

色紙を持った人が美佐子、零、美由紀、デンコにズラッと並んでいた。

「ま、まあ許してやらんことも……無いだすけどな」

美佐子はマジックを渡されてコロッと態度を変えた。

 

「ほらほら、今サインしてるヒマ無いよ、小百合に声援送らないと」

美由紀はそう言いながらリング上に叫んだ。

「それさ、ゆ、りっ。さ、ゆ、りっ!」

昔の応援団のような掛け声だ。だがそれが広がっていく。

 

小百合は走って突っ込んでいく元気は無いが、極限にヒートアップしている。

迷いはもう無い。

 

「わ、私もアイドルとしてっ!」

礼がプライドを盾に突っ込む。

 

グシャァッ!

 

小百合にパンチをガードしたり避けたりする力は無かった。思い切りストレートを浴びせられ

血を吐いた。ビチャビチャとそれは散り、リングの上に匂いが充満する。

それは血の匂いだけではない。汗、唾液、尿の匂い。小百合の体からは甘い匂いはしない。

すえたような原始的な体臭が漂う。それは礼をも包み込む。

 

「あえて……最後にそのパンチを受けました。近寄って来てくれてありがとうございます」

冷たい声がして、礼はゾッとした。

小百合が少ししゃがむ。

ぐっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!

小百合はアッパーを打ち、それは礼の顎を突き上げた。

拳を突き上げ汗を散らしながら体をしならせる小百合のフォームはとても美しかった。

まるでイルカが海から跳ねるようにとても、とても美しく映えた。

 

「ブっ!」

礼が血を吹き上げたがそれを超えるスピードでマウスピースを吐き出した。

天井の四面モニターに届くのでは無いかという程、それは舞い上がった。

そしてパンチを食らってのけぞって宙に浮いている礼のボディにストレートが打ち込まれた。

 

「げ……ぼ」

礼は嘔吐しながら吹き飛ばされロープにからみつきブランとぶらさがった。

(最後だっ! 動けっ!)

小百合は願った。3メートルでいい、走るんだ。

 

「うああああああああああああっ!」

小百合は咆哮しながらラガーマンのように突進する。

 

そして礼の顔面に最後のパンチを食らわせた。

音は形容できない。ただ一つの真実は出来た。

 

礼と礼のファンを粉砕して粉々に砕いた。

そして礼はリングから場外へ落下し、血みどろのマウスピースはしつこい程に

血を撒き散らしながら跳ねまくり、ゆっくりと礼の意識が薄らぐように軽く跳ねてゴロリと転がり

ペチョンとその体を血の海に落とした。

 

礼は落下のショックで股を開いた状態で痙攣をしている。失禁をして小百合と同じく薄手のスパッツのような

ものを履いていたので性器が露になる。股を開いていたのでしっかりとその性器は開き、ピンク色の

肉壁が張り付いて何も履いていないものと大差は無い。その秘部はしっかりとリング上の四面ビジョンに

映し出され、自慰行為を始めるファン、つまり性的欲求でファンだったという現実が明らかになった。

ドクターストップで小百合は勝者となった。

 

(あ、アピールしなきゃ)

小百合はそう思いながらガックリと崩れ落ち、目を閉じる。

(勝ったからいいか、倒れちゃおう)

だがふわりと浮遊感を感じて目を開けると美由紀が体をしっかりと受け止め、美佐子と零が両手をつかんで挙げ、

デンコが拍手を誘発するようにアピールをしていた。

汗や血にまみれているが、そのせいでボディラインが光に反射し、小百合の体はしなやかさを観客の目に焼き付けた。

 

「美由紀」

「ん?」

「やっぱり三つ編みのまんまがいいかな?」

「うーん、そうだね、普通のロングもカワイイんだけどなぁ」

煮え切らない美由紀の返事に、小百合はクスリと笑い、自らの力で再度右手を挙げた。